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「みんながみんなのアンダースタディ」を実現するin.K.のシステムと稽古について

僕はstudio in.K.という小劇場で制作をしており、今は哲学ミュージカル「饗宴」という作品のあれやこれをしているのですが、先週末の6月15、16日にとある事件が起こりました。

芝居の後半に女哲学者のディオティマという人物が登場するのですが、その役を演じるはずだった小松野希海(僕は小松野さんと呼んでいるので、以後「小松野さん」と表記します)が耳の内部を負傷して、急遽出演することが難しくなってしまったのです。

それが分かったのが、本番当日である6月15日。怪我を押して出ることも考えられましたが、「饗宴」ではスピーカーを使ってかなり大きな音を出すため、悪化することを防ぐためには耳を極力使わないことが必要でした。

そこで白羽の矢が立ったのが、松田菜々(松田さん)・石井愛(めぐさん)の両名。この2人が、それぞれが土曜日・日曜日に出演し、小松野さん欠場で「饗宴」を戦い抜きました。

もちろん凄まじい対応力を見せてくれた2人も素晴らしいのですが、それと同じくらいに「饗宴」のシステムや稽古の仕方が素晴らしいなと思ったので、それを中心にここに書かせていただきます。

ロングランには不測の事態がつきもの

この「饗宴」という作品は、今年の1月から上演を開始して、半年の間で20回以上の上演を重ねてきました。週末の4公演などをまとめて行う場合は、幕さえ上がってしまえばちょっと安心することができます。しかし、6ヶ月も続けているとそうはいきません。出演者にも生活がありますから、先月は出れたけど今月は難しい、みたいなことは日常茶飯事です。

これまでに、役者が交代することはもちろん何度もありました。ディオティマこそこれまでは小松野さんが1人でずっとやってきましたが、パイドロスという役は全部で4人が経験していますし、 アポロドロスという役も3人が経験しています。また、各所で踊りを踊るアンサンブルもいるのですが、大抵の人は他の役を持ちながら、自分の出番じゃないところで踊ったりしています。

何故そんなことができるのか。それは、全員が他の役のことも考えられているからなのです。

饗宴の稽古がスタートしたとき、誰が何の役をするのか確定していませんでした。皆が稽古場にきて未完成の原稿を読み、ダンスを考え、歌を練習し、その過程の中で役を決めてきました。また、各人にはやはり「憧れの役」みたいなものがあります。その座を獲得するためには、自分の役をこなしつつも、他の役のセリフや動きを注意深く分析し、練習する必要があります。

松田さんもめぐさんも、饗宴は今回が初の出演ではありません。それぞれ、他の役ではありましたが立派に役を演じていました。もしその時に、二人が自分の役のことだけしか考えていなかったら、今回のようなことはできなかったと思います。芝居全体を理解し、自分以外の役がどういう立ち位置かを練習・本番を通して見ていたからこそ、今回のようなことができたのだと思っています。

全員アンダースタディ

しかし、これは別にin.K.が特殊なわけではありません。演劇には「アンダースタディ」という概念があります。稽古に参加し、本役の人に何かあった場合に出演する代役のことです。

もちろん、このアンダースタディは最初から本役の代わりをやる練習だけをしているので、in.K.とは違った概念です。僕たちにはアンダースタディを用意するような人的余裕はありませんが、全員が一丸となって助け合いながら公演を続けてきたことで、みんながみんなのアンダースタディを務められるようになっていたのです。

実は「饗宴」では、事前にキャストの発表をすることを行なっておりません。それは、いつでもキャスト交代の可能性があるから。それは、今回のように事故の対応だってあり得ますが、アンサンブルをやっていた人が新しい役を獲得したり、「こっちの方が面白いんじゃない?」といって役が入れ替わることすらあります。アンサンブルは、目まぐるしいくらいに皆のやることが変わっています。おそらく、同じことだけをやっていればいい日は1日も無いくらいに。

僕はこのシステムを素晴らしいものだと考えています。演劇は、どうしても「人間」に頼ってしまうものです。もちろんそれは決して悪いことではなく、人間の魅力が輝くからこそ素晴らしいものになります。しかし、個々人がそれぞれにしかできないことばかりを抱えていると、その人が急に出演できなくなったときに、それをリカバリーすることができなくなってしまいます。そういったものを、ちゃんと稽古期間中からシステムを作って解決できていることを、僕はin.K.の制作として誇りに思います。

皆の思い

本当は、小松野さんも最後まで出演したかったのだと思います。

小松野さんは大学卒業後に東京で演劇活動を行なっていましたが、4年前に故郷の熊本に戻ってきて、studio in.K.という稽古場兼小劇場を作りました。傍で見ていて思うのですが、この場所を維持しつつしかも毎月本番をするというのは、並大抵のことではありません。

そこでロングランしている「饗宴」という作品。思いの強い作品に出演したくないわけがありません。実際にこれまでも、どうしても抜けられない仕事を本番直前までこなしつつ、それでも本番前には到着してそのまま公演に挑むということもありました。そこまでして出演し続けた「饗宴」への出演を諦めるという選択肢をとったことは、僕は凄いことなんじゃないかと思っています。

僕が小松野さんだったらどうしたでしょうか。真っ先に「今日は中止かな」と考えると思います。そしてその後に、もし責任感が強ければ「たとえ耳が壊れても出演する!」と思うかもしれません。でも、ここで出演することは無責任でしかありません。だって、そこで耳の具合が悪化してしまえば、これ以降の出演する作品に影響が出ることになってしまいます。

自分が出演を諦めてディオティマを松田さん、めぐさんに役を譲る決断をしたときに、小松野さんは「あの人たちなら任せられる」と言ったそうです。それはもちろん、松田さん・めぐさんのことを指していると思います。しかし、それは同時に、二人以外のin.K.メンバー全員のことを指しているとも思うのです。役が突然コンバートしたとしても、二人はちゃんと役を演じ切れるし、周りもあたふたしないで合わせることができる。そういう「饗宴」という公演のシステムを半年かけてちゃんと作っていたことが、何よりも偉大だと思います。

まとめ

来週末にまた「饗宴」を上演する予定ですが、小松野さんの耳は快方に向かっており、来週はまた小松野さんのディオティマを見ることができるように。もちろん小松野さんのディオティマも楽しみではありますが、松田さん、めぐさんのディオティマも最高だったので、それが見れなくなるのかと思うと少し残念だったりします。

日頃からちゃんと準備していたことが功を奏した今回のお話。何が起こるかわからない未来に向けて、今後も念入りに準備していきたいと思います。

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