『サマータイムマシン・ブルース』の部室に残る「痕跡」

千田是也の『演劇入門』という本を読んでいます。

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千田是也は昭和期に活躍した演劇人で、優れた演出家に贈られる「千田是也賞」にその名を残しています。『演劇入門』はそんな千田是也の書いた本で、タイトルの通り演劇の入門書となっており、1966年に岩波書店より刊行。演劇がどのような要素を持っているのかを書いた上で、「俳優の仕事」「台本の働き」など、それぞれの要素がどのような作用を持つのかについて論じています。

実はまだ頭の方しか読めていないのですが、この中で「場面の感覚」という章の「前後関係・因果関係」という説に面白い考え方が書かれていたので紹介します。以下、少し眺めの引用。

その場面に一役買ってでる道具類にせよ、やはりその「前史」をもっている。ずっと以前に人の手でつくられ、使いふるされてきたものもあろう。宴会の始めにお行儀よくならんでいた座布団やお膳が、その果てにはどんな始末になるか、長い会議のあと椅子や卓の灰皿がどんなになるか、夫婦喧嘩の果てに、卓袱台の上の夕飯がどこへどう散らばるか。ーーそんなどぎつい場合は別としても、どんな家のどんな部屋の家具調度のたたずまいも、道具方がいまそこへならべたのではなく、ちゃんとそれぞれのしずかな歴史をもっていて、その瞬間までそこでいとなまれていた生活の、しぐさの、みぶりの、ことばの「痕跡」をどこかに示している。このさまざまの「痕跡」が、そこで新しく起きる行動や出来ごとになんらかの影響をおよぼすし、またそれらの意味を知る上になんらかの手がかりを与えるのだ。

そういえば僕は、映画を見る時に「部屋」を見るのが凄く好きだなと、この文章を読んで思い出しました。最近、瀬尾まいこ原作の映画『そして、バトンは渡された』を見たのですが、その時も部屋の中が出てくるたびに、できるだけ隅から隅まで見ようと心がけていました。部屋の中を見ると、その人たちはどんなことに興味があり、どのような生活レベルで、どのくらい住環境の維持に興味があるのかが分かります。千田是也の言葉を借りれば、そこには僕たちが画面で触れる前の「前史」があり、生活の「痕跡」が残されているわけですね。演技で示される以上に、部屋の中の映像は僕たちに様々なことを教えてくれる。キッチン用品が充実しているからこの人は料理が好きなんだろうなとか、和室のワンルームに物を詰め込んでいるからできるだけお金を使いたくないんだろうなとか、そういったことを語りかけてきます。僕は他の人の住んでいる部屋を訪れることがあまりないので、そうやって映像作品を通して他人の部屋を見るのが本当に楽しい。

そういったことを考えたときに、強い「痕跡」を持つ空間として僕は、映画『サマータイムマシン・ブルース』に登場するSF研の部室を思い出します。

『サマータイムマシン・ブルース』に関しては、以前フラスコ飯店さんに「最強の夏。最強の青春。最強のコメディSF。映画『サマータイムマシン・ブルース」を知っているか?」という文章を寄稿させていただきました。そこで、次のようなことを書いています。

何度も見て面白い要素としてはもうひとつ、SF研の部室が挙げられます。冒頭でも書きましたが、この部室空間が本当に素晴らしい。部室のイデアとしか言いようがない。雑多で物に溢れていて、歴代のSF部員たちの息吹が感じられる……。細部に目をこらせば、初見では気にも止めなかった小道具がいっぱいあることに気づきます。僕がこの前見たとき(たぶん8回目くらい)には、漫画『サトラレ』の2巻だけがテーブルの上に放置されているのを発見しました。なんで2巻だけそこに?

雑多で物に溢れているSF研の部室。そこには、膨大な量の「痕跡」が示されています。そしてそれらの痕跡の多くは、作品の中で触れられることはありません。ただ、「痕跡」としてそこにじっとしている。でも僕は『サマータイムマシン・ブルース』を見るたびに、今まで見たことのなかった「痕跡」を発見することになります。だから、何度も何度も繰り替えし見てしまう。

僕は映画を見ることよりも小説を読むことの方が多いのですが、小説の場合は、場面の描写や叙述を行う際に何を語るかをかなり積極的に選ぶことができます。ところが演劇や映画の場合は、伝えたい主題の他に、どうしても写り込んでしまうものがある。そこには必ず「痕跡」があって、消極的にではあるけれど声を発し続けている。僕はこの控えめな感じが好きなのかもしれません。何度も何度も繰り返し見る中で、初めて気づく「痕跡」がある。登場人物のセリフや演技からは見えてこない何かがある。僕はそういった消極的な声を聴くために、夏になると必ず『サマータイムマシン・ブルース』を見てしまうのかもしれません。

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